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宿坊に泊まって戸隠を満喫しよう!

 戸隠神社周辺には、「宿坊(しゅくぼう)」と呼ばれる宿泊施設が数多く軒を並べています。

 宿坊では伝統的な精進料理に加え、戸隠そばや信州牛や信州サーモンといった長野ならではの料理を味わうとともに、朝拝などの寺社文化を体験することも可能です。

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戸隠古道を歩こう③!戸隠商工会館前道標から宝光社(ほうこうしゃ)

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古(いにしえ)の時代の人々も歩いた巡礼の道「戸隠古道」ですが、今回は戸隠商工会館前道標から宝光社(ほうこうしゃ)までの道のりをご紹介します。

途中観光スポットもたくさんありますので、実際に歩いて、戸隠の歴史と文化、大自然を体感してみてください。

 

なお、ここまでの道のり(一の鳥居苑地から戸隠商工会館まで)はこちらの記事を見てください。

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戸隠商工会館前道標から宝光社(ほうこうしゃ)まで

戸隠商工会館前道標から宝光社(ほうこうしゃ)までの道のりの途中にもさまざまな見どころがありますので、順に見ていってください。

時間は歩くスピードにもよりますが、各見どころに立ち寄るなら30分くらいは見ておくと良いでしょう。

 

双体道祖神(そうたいどうそじん)

戸隠商工会館前を宝光社(ほうこうしゃ)の方へ進んでいくと右手に墓地が見え、その入り口に双体道祖神(そうたいどうそじん)が置かれています。

この道祖神には黒い煤がついています。内と外の境にあって外から禍(わざわい)が入るのを防いできた道祖神は、毎年1月15日に行われるどんど焼きで一年間の禍が焼き払われるため、黒い煤が付いています。

幽魂社碑(ゆうこんしゃひ)と宝篋印塔(ほうきょういんとう)

墓地を出て戸隠バードライン(県道506号線)を宝光社方面に進むと、右手に石段が見えてきます。

石段を上ると幽魂社碑(ゆうこんしゃひ)と宝篋印塔(ほうきょういんとう)が置かれています。

安永九年(1780年)に戸隠では、雪舟(そり)事件と呼ばれる宝光院衆徒と中院衆徒による争いが起こりました。

薪の切り出し運搬の権利などに関する争いで、宝光院衆徒は別当(寺務を統括する僧職)へ抗議のため院坊を出て、寺社奉行などに提訴したのですが、最終的には敗訴してしまいます。

そのため宝光院に戻ることも出来ず追放となり、他国で亡くなったと言われています。

この幽魂社碑は衆徒17坊の霊の帰還を祈って明治14年に建立されたものです。

また隣にある宝篋印塔は本来、経文を収めるためのものですが、昔は宝光社に個人の墓がなかったことから、ここに埋葬されたと言われています。

地蔵堂(じぞうどう)

幽魂社碑(ゆうこんしゃひ)と宝篋印塔(ほうきょういんとう)の向かい側、「そばの里二番館」の隣に地蔵堂があります。

拝観の際には「そばの里二番館」に声をかけて拝観するようにしてください。

地蔵堂には、地藏菩薩と十王(※)の他、神仏分離で神社の外に出された仏像等が安置されています。

※十王とは、地獄において亡者の審判を行う裁判官たちのこと

かつては、地蔵堂と十王堂は別にありましたが、神仏分離の際に規模を縮小され、一つにされました。

 

上記は主尊の延命地蔵(えんめいじぞう)で地中に半身が埋まっています。一年に少しずつ浮き上がり、全部浮き上がった時に、世の中に大変なことが起こるとう言い伝えがあります。

 

右が学問行者(がくもんぎょうじゃ)、左が役の行者(えんのぎょうじゃ)です。

学問行者は戸隠山を開山したと言われている行者です。この像はかつては戸隠神社にありましたが神仏分離の際にここに移されました。

また役の行者は修験道の開祖と言われる行者です。こちらの像もかつては奥社、中社、宝光社にそれぞれ安置されていたものが、神仏分離の際にここに移されたものです。

 

中央にある像が、木造地蔵菩薩半跏像(もくぞうじぞうぼさつはんかぞう)です。

傷みが激しいのですが、ずいぶん大切にされてきた像のようで、昔の地蔵堂の本尊だったのではないかとも言われています。

 

上記は百万遍念仏の絵馬(ひゃくまんべんねんぶつのえま)です。

念仏を百万遍唱えれば極楽浄土へ行ける言われていますが、絵馬のように皆で輪になって数珠を回しながら念仏を唱えると、他の人の唱えた回数も加えることができるということです。

 

上記が十王像(じゅうおうぞう)です。

残念ながら三回忌を裁く五道転輪王(ごどうてんりんおう)の像が平成四年に盗難にあってしまい、ここにはありません。

なお有名な閻魔大王(えんまだいおう)は五番目の裁きを担当しているそうです。

 

またこれらの像の他に十六羅漢像(※)も安置されています。

※十六羅漢とは仏教の最高修行者でお釈迦様の弟子の十六人のこと

蘭喬句碑(らんきょうくひ)

地蔵堂の横に1864年に建立された長野市平林の俳人「闌喬」の句碑があります。
もともとは奥社にあったものを神仏分離の時に移したといわれています。

句碑には「声無九亭(こえなくて)大念仏や苔の露 墨林庵 蘭喬」と記されています。

また宝光社の方へ少し進んだところにある武井旅館の前にも「闌喬」の句碑があります。

こちらの句碑には「神つ代乃明けるや花の明かり先 蘭喬」と記されています。

随神門跡(ずいじんもんあと)

地蔵堂から宝光社へ向かって坂道を上っていくと、途中で奥田旅館があります。

かつてはこの場所に随神門(ずいじんもん)があったのですが、終戦後間もない昭和20年(1945年)8月20日に発生したこの辺りを広く焼いた大火で焼失してしまいました。

宝光社(ほうこうしゃ)

さらに坂道を上ると宝光社(ほうこうしゃ)の石段が見えてきます。

 

宝光社の見どころはこちらの記事を見てください。

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